BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

はだしでさんぽ/秋山 道男

–4–

ミルフィユは例のふたりに囲まれて、湖のほとりに腰かけていた。

ブッチが近づくと、ふたりは遠慮してそっと離れてくれた。それでさっきよりいくぶん落ち着いたブッチは、心おきなくミルフィユに話しかけるこができた。
「あなたのピアノって素晴らしいですね。」
「そお、どうもありがとう。」

ミルフィユは笑うと片エクボができることを、ブッチは発見した。もっともそのエクボは、その真白な毛にかくれてよく見えなかったが……。
「パリ生まれなんですってね。」
「ええ、サンジェルマンの、もと公爵のお嬢さんに育てられたの。」
「人間に?」
「ええ、私たち本当に親密だったわ。彼女はなんでも私に話してくれたんですもの。デビュー・パーティで出会った海軍士官の話、初めてもらった恋文の話。私、レースの天蓋のあるベッドで彼女といつも一緒に寝ていたの。」

ミルフィユはうっとりと目をとじた。
「私いろんなことをそこでおそわったの。優雅に暮らすことがどんなに大切なことか……。お嬢さんは別れる時、私にサラとサージー氏をみつけてくれたの。彼らはマナーとエチケットの権化みたいなひとたち。私に淑女はどうあらねばならぬか、たえず教えてくれるのよ。」
「よかった、僕は彼があなたの恋人かと思いましたよ。」

ミルフィユはプイと横を向いた。そのしぐさの愛らしさに、ブッチは思わず叫んだ。
「ミルフィユさん、また会っていただけますね。」
「ええ、他にどなたともお会いする予定がなくてよ、ピアノのレッスンがない日なら。」

その時サラが近づいてきた。彼女はひと泳ぎしたらしく、ところどころ水滴がついていた。
「ミルフィユ、初めて殿方と話をする時間にしては、すこし長すぎると思うわね。」
「そうね、もうお別れしようと思っていたところ。じゃ、ごきげんようブッチ。」

ミルフィユはそういって、もうブッチに背を見せていた。そのつれなさよりも、自分の名を憶えていてくれた嬉しさに、ブッチは有頂天になっていた。