BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

シチリア島のイルカの物語/林 真理子

–16–

四月になったら、ママはあまり泣かなくなった。そのかわりしょっちゅう鼻歌を歌うようになった。ママの鼻歌ときたら、まったく一貫性がなく、詞もメロディーもその時々で違うくせに、テーマだけはいつもしっかりしているので嫌になっちゃう。

パパがもうじき帰ってくるわ
ちっちゃなイルカをおみやげに…
金色のイルカは坊やのために
私のためには千個の真珠
タラララララ……(あと不明)

「ねぇジョゼッペ聞いてちょうだい」
ママは僕を抱いていった。
「あんたのパパは約束したのよ、俺は世界一の船乗りになる、君のためにこの地球にあるものならすべて持ってきてくれるって……。真珠も?ってママは聞いたわ。もちろん千個箱詰めにしてプレゼントするよ、ってパパはいったの。イルカは?イルカ?パパは不思議そうな顔をした。イルカを毎日おみやげにちょうだい、私毎日あなたのためにバタ焼きにして、上等のお皿にのせてあげるわ。パパは大笑いしてママを抱きしめた。抱いたままママを牧師さんのところへ連れて行って、そのまま花嫁にしてしまった。
『今日中にこいつをカミさんにしてしまわなきゃ、明日の夕飯に大好物のイルカのバタ焼きがくえなくなってしまうんでね』ですって……。牧師さん目を白黒させてたわ」

ママはパパのことを話す時、いつもうっとりして、僕のことをつい締めつける。本当に息苦しくなって、僕の方が目を白黒させてしまった。僕は足をバタバタさせて、必死で抗議してやった。
「あらごめんなさい、苦しかったのね。でもこういう時なくものよ」

あーあ、ママは何もわかっちゃいないんだ。僕がどんなにプライドが高い赤ん坊かってことを。人とのコミュニケーションに、泣くなんて手段使いたくないんだよ、僕は。

パパが帰ってくる日が近づくにつれて、今も台所もピカピカになった。カーテンも新しくなったし、クッションもふかふかのにとりかえられた。

それより一番きれいになったのがママで、小麦粉と卵を混ぜたのを毎晩塗って、ソバカスを消してしまった。そればかりじゃない、髪の毛を結いあげて、いかにもヒトヅマらしく見せようと努力している様子だ。

マチルダおばさんは、自慢のケーキを焼いてもってきてくれた。パパの大好物のミネストレは、今朝から鍋の中でぐつぐつとおいしそうに煮えている。

港の方で汽笛が鳴った。船が着いた合図だ。ママは畳かけたシーツをほおり出して、ドアからとびだしていった。もちろん僕はベッドの中。抱いて一緒に父親を迎えよう、なんて気持ちはないのだ、あの人は。