BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

ベティー・ブルーの冒険/鈴木 海花

–10–

「きみ、どうしたいのさ?」とヤシガニ少年が、泣いているベティに同情して、やさしく声をかけました。
「どうしても、さがさなくっちゃ。あたしの宝物だもの。あんただって宝物を無くしちゃったら、世界の果てまでも探しに行こうと思うでしょう?」このベティの言葉は、夢多い年頃のヤシガニ少年の心を、いたくゆすぶったように見えました。
「ようし、まかしとけ!あんたをキング・ロブスターのとこへ案内してやるよ。きっといい知恵をかしてくれるよ。父さん、母さん、行って来ます」と、ヤシガニ少年は、ベティを背中に乗せてヒゲにつかまらせると、元気良く言いました。
「おまえ、あんまり深入りするんじゃないよ!」と、ヤシガニ母さんが息子に声をかけました。

ヤシガニ少年は、勢い良くポーンと水たまりの世界から飛び出したかと思うと、まるでトビウオのように宙に舞い上がり、青い青い大きな海にとびこんで、潜りはじめました。ベティは、あまりのスピードに目がくらくらしましたが、文句を言っているひまはありません。

あっという間に、珊瑚の花園に囲まれたキング・ロブスターの、涼し気な南国風宮殿に着きました。十五分ほど待たされましたが、やがて、目のさめるような真赤なヨロイを着た、キング・ロブスターに会うことが出来ました。
「風呂あがりなもんで、こんな派手な色で失敬」と、キング・ロブスターが言いました。海の中で、どうやってお風呂に入るのかしら―とベティは思いましたが、初対面なのにあまりぶしつけな質問もどうかと思い、黙っていました。

それに、キング・ロブスターの様子が、いつかシーフード・レストランで食べたレモン・バターをかけたロブスターの味を思い出させたので、つい「まあ何ておいしそう」と言いかけて、あわてて口を押さえたのでした。キング・ロブスターは、気さくな王様のようで、ヤシガニ少年の話をフンフンと気嫌良くきいてくれました。
そして、ムチのように長くしなやかなヒゲを、レーダーのようにピュンピュンと振りまわしてから、「さがしものは、東方にあるぞよ」とおごそかに答えると、真珠貝の王座の中で、たちまちいびきをかいて、眠ってしまいました。

ベティは途方にくれました。東方って言ったって、さっぱり見当がつきません。今いるここさえ、南洋の海の中らしいということしか分かっていないのですから。ベティの困った顔を見て、ヤシガニ少年が「心配しなくってもいいよ、海底のミスティック・カプセルを使えば、東方ってとこだって、どこだって行けるもの」と言いました。

ミスティック・カプセルは、珊瑚の花園のはずれ、約2キロの所にありました。そこへ近づくと、あたり一面が、暗い緑色を帯びて不思議な静けさがただよっているのでした。ヤシガニ少年は、切子ガラスでできたトンネルのようなカプセルの入口まで来ると、「僕も一緒に行けなくて残念。きっと見つけてね、きみの宝物!」と言いました。ベティは急に、ヤシガニ少年と別れてしまうのがつらくなりましたが、髪のリボンをはずすと、「あなたのこと、忘れないわ」と言いながら、ヤシガニ少年の爪に結んであげました。

ミスティック・カプセルの中は意外に明るくて、硬い透明の壁をとおして、地球の断面の模様が良く見ました。ベティは、何か未知の力に引かれて、トンネルの中をどこへともなく落ちて行きましたが、「あたしが地質学者でなくて残念だったわ、専門家だったら、教科書の地球の断面図が正しいかどうか、実さいに目で確かめる、いいチャンスだったでしょうに」と考えるくらい、気持ちに余裕ができてきました。

三十分ほどすると、急に風がでてきて、落ちるスピードも増しました。と思う間もなく何かひどくほこりっぽい所へ、ポンとはじき出されました。

「まあ、なんて暑い所なんでしょう。地核のマグマのそばを通った時だって、こんなに暑くはなかったのに。それに、ここの単純な地形と配色ったらないわ。どこまでも黄色の大地と、トルコブルーの空だけ……」どうやらここは砂漠のまん中らしい、とベティは考えました。こんな所にあたしの空色の靴があるなんて、キング・ロブスターの思い違いに決まってるわ、宝さがしゲームみたいに、砂漠中を掘り返せとでもいうのかしら――ベティは、絶望的な気分で、やけるような砂の上を、トボトボと当ても無く歩きはじめました。