BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

ベティー・ブルーの冒険/鈴木 海花

–9–

それをきくと、まわりの生きものたちはみんな顔を見合わせて、可愛そうに、少しおかしいんだ、というしぐさをしてうなずき合いました。
「気の毒だけどね」とまたヤドカリが言いました。
「あんたのような素姓の知れない者にゃ、宿をあっせんするわけにいかないねぇ、あたしの信用にかかわるもの」
「あたしは、宿なんて借りるつもりは無いわ」とベティが、水の中でこんな風にしゃべれるなんて、ほんとにどうかしてる、と思いながら言いました。

そして磯ギンチャクのヌルヌルした胴につかまりながら、立ち上がろうとした時、自分が片方しか靴をはいてないのに気がつきました。ベティはあわてて、あたりを見まわしたり、貝のかけらをひっくり返したりしてみましたが。どこにも見当たりません。

「誰か、誰か、あたしの空色の靴の片方、知りません?」と、半分泣き声なって叫びました。
「何て、やかましい生きものなんだろう!」とオレンジ色のヒトデが、紫色のトゲを持ったウニに、あきれたように言いました。
「その“空色の靴”とかっての、一体何さ!」と好奇心の強い、月クラゲの子が寄って来て、ベティにききました。
そういえば、水の中の生きものたちが、靴を知っているわけがありません。ベティは、残っている方の靴を脱ぐと、手に持って頭の上にふりかざしみんなに良く見えるようにしました。
「これよ、これの片っ方が、無くなっちゃったの」みんな、ガヤガヤ言うだけで誰も答えてくれようとしないので、ベティはとうとう泣き出しました。

ベティにとって、この空色の靴ほど大切なものはありません。去年、町のつぶれかかった小さな靴屋さんの片隅で、ほこりをかぶった箱の中に、この靴を見つけた時の興奮たら!それは、トゥーの部分も、二インチ半の高さのヒールの型も、色もデザインも、すべてがベティの夢見ていた理想のハイヒールにピッタリでした。
おまけに靴屋のハービーさんは、「もうすぐ店じまいだし、古い売れ残りだもの、一ドルでいいよ」と言ってくれたのですから、ベティは大感激したものです。だいたいベティの靴好きは、少し度を越していて、普段から親兄弟もあきれている位です。おこづかいがあると、みんな靴を買ってしまいますし、しょっちゅう箱から取り出してみてはほれぼれとながめたり、鏡の前ではいてみたりしているのですから。

ベティは、初めて空色の靴をはいて行ったパーティのことを思い出します。ルーシーおばさんの結婚式の日のことで、それは又、ベティがはじめてお母さんから、薄い羽のような“婦人用”の絹のストッキングをはくお許しをもらった日でもありました。それまでは、まるで足中にボテボテ白粉を塗りたくったように見える、野暮ったい厚手のタイツしかはかせてもらえなかったのです。ベティは、おばさんの結婚式の間中、自分の足ばかり見ていたので、みんなが、気分が悪いんじゃないか、と何回もきいた位です。