BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

ベティー・ブルーの冒険/鈴木 海花

–13–

どのくらい眠ったでしょうか。
「ちょっと、あんた、いいかげんに起きなさいよ。何よ、ひとのベットで寝たりして、図々しいったらありゃしない!」ベティがその声に目をさますと、バービー人形のバービーと、親友のミッジ、ボーイフレンドのケンが、ベティをのぞきこんで、口々に何かを言い合っています。ベティは起きあがると、「今、何時ごろかしら?」とたずねました。
「あたしたちがこうして動きまわってる時間といったら、真夜中すぎと決まってるじゃないの」と最新流行のドレスを着たバービーが、腕くみしながら、いじ悪な口調で言いました。

ベティは、こんなことだろうと前から思っていたのです。誰も人間がいなくなった部屋で、オモチャたちが、じっとしているはずがない、と疑っていましたから、こういう事態に遭遇しても、ちっともあわてたりしませんでした。もっとも、ここのところ、まるでおとぎの世界にはいりこんだようなおかしなことばかり経験してきたので、不思議に思う感覚が、少し麻痺していたということもありましたが。
「あたし、ベティ・ブルー。ごめんなさい。でも、いろんな冒険をして、とっても疲れてたもんだから……」
「さっさとそこから、出たらどうなのよ」とバービーがまた言いました。ミッジが、「まあまあ、そんな風に言ったら可愛そうじゃないの」と、とりなしてくれました。ふーん、主役のバービーより、ミッジの方が、ずっと性格がいいんだわ、とベティは思いました。
「これからみんなで、ミッドナイト・ランチを食べるところなんだけど、君も付き合わない?」とケンが、軽薄な調子でベティを誘ったので、バービーが、きっとなってケンをにらみました。ベティは、とてもお腹がすきていましたし、バービーの態度をあんまりだと思ったものですから、彼女を無視して「まあ、ありがとう、是非いただくわ」と答えました。

ごちそうがあふれんばかりの食卓につくと、ケンが気取ったポーズで髪にくしを入れながら、「君、見なれない娘だけど、どこから来たの?」とベティにききました。
「精神病院から逃げて来たに決まってるわ。見て、この娘ったら、靴を片っぽしかはいてないのよ」とバービーが、またまた意地悪く、会話に割こんできて言いました。ベティはムカッとしましたが、ぐっと我慢すると、ハリケーンに吹き飛ばされて以来の話を、みんなに語ってきかせました。
「言った通りでしょ」きき終わるとバービーが、ほれごらんという風に言いました。
「気狂いなのよ」
「荒唐無稽だけどさ、想像力があるよ、面白い話じゃないか」と、ケンがローストチキンのモモ肉をかじりながら言いました。
「ねえ、ベティ、少し何かおあがりなさいよ」とミッジが、気の毒そうに、ベティの顔をのぞきこみながら言ってくれました。
「ありがとう、ミッジ」とベティは言って、一番近くにあったリンゴを取ると、一口かじりましたが、すぐに、ぺっと、吐き出してしまいました。
「食べられないわ!だってこれ、ロウでできてるんですもの!」
それを聞くと、三人の顔がギョッとしたように、ひきつりました。
「ミッドナイト・ランチを食べられないって!?」とケンが、震える声で、恐ろしい事実を確かめるように言いました。
「ギャーッ!!人間だわ、これは人間よー!」バービーのその叫び声は、売り場中で、にぎやかに動きまわっていたオモチャたちに、大恐慌を引き起こしました。
ゲームマシーンは、その青白い光を消してピコピコ言うのをやめてしまいましたし、ピエロは宙返りをしたまま凍りつき、縫いぐるみたちも、もとの箱にもどり、あたりは不気味な静けさに包まれました。もうバービーたちも、口をきかない硬い人形にもどっています。
ベティは、恐ろしい気持ちを我慢しながら、とにかくこの百貨店から出よう、と闇の中を手さぐりで、出口をさがして進みはじめました。

どの位歩いたでしょうか、やっとのことで百貨店をぬけ出したベティは、あてもなく、東の果ての見知らぬ夜の街を歩いていました。

月夜でした。いつしかベティは、アスファルトの道を抜けて、土と草の香りのする場所に来ていました。あたりの様子から、どうやら動物園に迷い込んだことが分かってきました。ベティは、動物たちが騒ぎ出さないように、そっと足音をしのばせて歩きつづけ、やがて、池のほとりにやって来ました。

冷たいクリーム色の月光りの中で、一羽のフラミンゴが、静かに水を飲んでいました。ベディも、のどがカラカラでしたので、水際にひざまずくと、両手ですくって、水を飲みました。濡れた手を拭こうと、ポケットのハンカチをさぐったベティの手に、シンシンさんのくれた、あのヒスイ色の種が触れました。
心も体も疲れ果てたベティは無意識の内にそれを取り出し、池のほとりの湿った土に埋めました。

と、見る間にそれは、黄みどり色のつやつやした若芽を吹き、一分もしない内に、10メートルを越す大木になりました。それはモミの木に形が似ていましたが、ひとつ、そても変わっていたのは、みっしり繁った枝という枝に、たわわに実った果実のように、あらゆる種類の靴がぶら下がっていたことでした。

「とうとう、見つけたわね。世界中の“失くした靴”の木よ。」とフラミンゴが、やさしく幻想的な声で、ベティにささやきました。ベティは、首をのばして必死になって自分の空色の靴をさがすうちに、だんだんと身体の大きさが、もとにもどっていくのを感じました。
「あったわ!あれよ、あたしついに、見つけたわ!あたしの大切な空色の靴!」ベティは木の上の方の枝を指して、有頂天で叫びました。それを聞くとフラミンゴは、そのしなやかに細い足を優雅に曲げ、フワリと空に舞い上がり、枝からベティの靴を取ってくちばしにくわえると、また音も無く、フワリと地上に下りたちました。
フラミンゴはベティに靴を渡すと、ベティがそれを足にはくのを満足そうにながめながら、地面に横たわりました。そして「よかったわね、ベティ・ブルー。あたしもあなたと一緒に、アメリカへ帰りたいわ」と、かすかに、ほほえみながら言うと、そのまま息絶えました。ベティは、靴を見つけた喜びも忘れて、フラミンゴにとりすがって、声を上げて泣きました。

そして――ベティは、心配そうに自分をのぞきこんでいる、三つの顔を見たのです。
「泣かなくていいのよベティ、気がつきて良かったわ」と、お母さん。
「ハリケーンの大風にあおられて、頭を強く打ったんだよ」とお父さん。
「三日三晩、眠りつづけてたんだぜ」と、お兄さんが言いました。