BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

ベティー・ブルーの冒険/鈴木 海花

–8–

それはちょうどベティが、廊下のつき当たりの大きな鏡の前で、一番お気に入りの空色の靴をはいて、くるっとターンをした時のことでした。ドドーッというものすごいうなり声のようなものがしたかと思うと、家中の窓という窓が空き、そこからすごい勢いで水がなだれこんできました。

気がついた時には、ベティはただひとり、見知らぬ小島の波打ち際の岩かげに横たわっていました。ベティが住んでいるのも、遠々と白い砂浜のつづく海辺の美しい町なのですが、同じ海辺でも、ここはだいぶ様子が違います。あちこちに岩がつき出ていて、その間に小さな水たまりが沢山あります。
良く見ると、大小無数の生きものがその中で動いています。そして、あたりには、中身の入っているのもいないのも、美しい貝がら無数にかぎりなく散らばっていて、まるでその小さな島全体が、貝がらでできているかのようです。

ベティは、長い夢からさめたように、頭がボゥッとしましたが、岩に寄りかかって体を起こすと、すぐそばの水たまりの中を、興味深気にのぞきこみました。
そこでは今にも、赤と黄の磯ギンチャクが、美しいやわらかな触手を伸ばして、花ひらこうとしているところでした。その横では、コウラガニの子がせわしなく歩きまわり、たまきび貝を付けた緑色の海草が、かすかにゆらいでいます。

ベティは今までに、こういった生きものを余り余り見たことはありませんでしたが、その内いくつかは、名前を良く知っていました。お兄さんからもらった『原色 海辺の生生物』という、さし絵の沢山入った立派な図鑑を持っていましたから。

「何てきれいな世界なんでしょう!」と言って水面に指を触れたとたん、まるで引きこまれるような感じが指先を走り、次の瞬間には、ベティはさっきの磯ギンチャクの根元に坐わりこんでいる自分に気がつきました。
「あらあら」とベティは言いました。まだ頭の中がゴチャゴチャしていたものですから、これは夢のつづきに違いないと思ったのでした。ベティは、泳ぎにはぜんぜん自信が無かったので溺れるんじゃないかと心配になりましたが、ちっとも苦しくありません。そうこうする内に、あちこちからいろんな生きものが集まって来て、ベティをとり囲みました。ヤドカリが進み出て、まず口をきりました。
「あんたかね、こんど宿を借りたいっていうのは」
ベティはビックリ仰天しましたが、続けざまにおかしなことばかり起こるので、成りゆきにまかせるしかない、と思い、こう言いました。
「ここは一体、どこなのかしら?」