BOOKS

–1984–

BEDTIME STORIES

OSAMU GOODSマザーグースのキャラクターが、9編の楽しい物語の主人公になった短編小説。
秋山道男さん、鈴木海花さん、林真理子さん、酒井チエさん、
安西水丸さん、秋山猛さん、佐々木克彦さんら豪華な作家陣が参加。
夢の中でも幸せな気分になれる本として、ファンなら誰もが枕元に置いていた本。
原田治さんの素敵な挿絵を掲載。

お台所より愛をこめて オールド・マザーグース/酒井 チエ

–22–

ピックルスだってホームメイド

毎週金曜日には、自分で車を運転してスーパーマーケットまで参ります。実はわたくし、ほんの時たまですけれど、ちょっと遠回りをしてフリーウェイに出て、スピードのスリルを楽しんだりすることもございますのよ。老け込まないためにとか何とか勝手な理由をつけましてね。

先日もあまり良いお天気でしたので、ついその気になって飛ばしておりましたら、大変!パトロール・カーに追い掛けれてしまいましたの。お巡りさんはわたくしの顔を見て呆れてしましたわ。後ろから見た時には、多分もっと若い女の子だと思ったのでしょうね。
「奥さん、御自分が一体何マイル出しておられたか、お分かりですか。レディーにお歳を伺うのは失礼ですから、今回は伺いませんが、それにしても若い者の手本となるべきお年寄りがこんなことをなされていては困ります。」ですって。

勿論素直に謝って、すぐに許していただきましたけれども。このことは主人にも子供達にも内緒にしておりますの。
もし知られましたら、きっとわたくしのがちょうさん(=大好きな白のコンバーティブル)を取り上げられてしまいますわ。「危ない危ない」って、あの人達ときたらそりゃもう心配性なのですから。


ええと何のお話でしたかしら、そうそう、スーパーマーケットのお話でしたわね。
あそこには、よく同じラヴェルの缶詰だの瓶詰めだのを、すらっとそろえて山のように積み上げてございますでしょう。わたくし、お店にはいりますと、いつもわざわざ少し離れた所に立ってあれを眺めますのよ。そしてその度に、モダーン・アートのような感じで楽しいなと思うのでございます。


それにいたしましても、本当に何でも簡単に買うことのできる便利な時代になりましたこと。でもわたくしは、手作りの良さというものも忘れたくないと思うのでこざいます。若いつもりでおりましてもやはり年寄りなのでしょうね。

特にピックルスだけは、自分の手で漬けなければ気が済みません。お店で売っているピックルスも「あの可愛らしい瓶だけは欲しいのだけれど」と、よくそんなことを言っては笑われます。ピックルスはお家でも本当に簡単においしく作ることができますので、ぜひお試し下さい。


作り方でございますが、漬け込むお野菜はきゅうりだけとは限りません。人参、小玉ねぎ(或いは普通の玉ねぎを八等分したもの)、セルリー、マッシュルーム、さっと茹でたカリフラワーや隠玄豆など、お好みのお野菜を御用意下さい。

お野菜は水気をよく拭き取っておきましょう。また色々なお野菜を混ぜて作ったピックルスは見た目にも楽しく、なかなかおしいものでございます。

香辛料といたしましても、黒胡椒の粒、クローヴ、赤唐辛子、にんにく、しょうがのスライス、月桂樹の葉などを少しずつ混ぜたものを使います。近頃ではスーパーマーケットで、これらを適当にミックスした「ピックリング・スパイス」というものも売られています。(ただし市販の品には、スウィート用やサワー用、ロシア風など、ミックスの仕方が何種類かありますので、この点をご確認の上お求め下さいますよう。)


お酢を三に対してお水を七の割合で混ぜたものに、たっぷりすぎる程たっぷりのお塩を溶かし込みます。これを煮立てたところへ先程の香辛料を入れ、一・二分したら火を止めます。


この液がすっかり冷えるまで待って、お野菜を漬け込むのでございます。お野菜の種類にもよりますが、大体一日で食べられるくらいに漬かります。よく漬かったピックルスがお好きな方は、完全に中の水気を拭き取ったパッチン止めの保存瓶に入れて置けば、ずっと長くもたせることもできます。(この場合には、お酢を使ってあります関係上、ふたにさびが出てしまうような瓶は不向きです)


わたしくがこのピックルスの作り方を覚えましたのは、もうずっと昔、娘時代のことでございます。あれはちょうど兄が婚約をした夏のことでした。兄の婚約者ミス・マーガレット・スプリングフィールドの御両親から、週末を一緒にロング・アイランドの別荘で過ごしましょうというお誘いがございました。一人では気遅れがしたからでしょうか、兄はわたくしも一緒にと誘ってくれました。


当時としてはぜいたくだったプールと、手入れの行き届いたお庭のある別荘は、沢山のお知り合いや親戚の方が遊びにみえていました。兄の婚約者は別といたしまして、わたくしがそれ以前にちらっとでもお目にかかる機会がありましたのは、絵の好きな妹さんのミス・デイジー・スプリングフィールドおひとりだけでした。

業界では第一人者として知られるお父様は、まわりの人々を楽しませるお話上手な方でした。新聞や雑誌ではお帽子姿の写真しか拝見したことがありませんでしたが、失礼ながらおつむが少し薄くなっていらっしゃるという噂は本当だわなどと思ったりしたものでした。お母様のスプリング・フィールド夫人は、高い声でいつも何かしら口ずさんでおられるような陽気な方で、淡いピンクのドレスが良くお似合いでした。


ロングアイランド滞在中は全て御自分でお作りになるという夫人のお料理は大変おいしく、わたくし達は本当にたっぷりとごちそうになりました。

中でも色々なお野菜をミックスしたピックルスが、夏にぴったりでさわやかにおいしく思われましたので、食いしん坊のわたくしは早速その秘訣を夫人から教えていただいたという訳なのでございます。この時までわたくしは、ピックルスと申しますと、祖母から伝わるとても酸っぱいきゅうりのお漬け物以外には存じていませんでした。(それはそれなりに結構ではございましたけれども。)

スプリングフィールド夫人から伺ったばっかりのピックルスの作り方を、忘れないうちにと思ってメモしておりましたわたくしの所へ、兄がやってきて耳打ちをしました。耳打ちというよりも舌打ちに違いと言ったほうがぴったりするくらい、あの時の兄は不機嫌でございました。
「馴れ馴れし過ぎるぞ。」
初めて正式なお招ばれでございましたらから、兄は、わたくしにもっと温和しく上品に振舞わせたかったのでしょう。いつもは優しい兄なのですが……。

わたくし、ちょっとむっといたしましたわ。だって、そうでございましょう。おいしいものを話題にすることは、初めてお会いした方と打ち解けるための効果的な方法のひとつでもあると、わたくしは現在でもそう思っております。
確かにお上品とは言えないかもしれませんけれど、女性同士ドレスやら宝石やらを心の中で競い合ったりするよりはずっと率直で良ろしいのではないでしょうか。


その後、大学を卒業して医師になりました兄は、ミス・マーガレット・スプリングフィールドと結婚いたしました。お料理上手のマギーと、おかげで昔よりだいぶ太った兄の間には、三人の子供がございます。